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続いて一行を乗せたバスは隣接する米軍の墓地を訪れた。広大な土地に壮大な墓地であった。
17、777柱の代理石の十字架が純白の慰霊塔を中心に整然と配置されていた。
アメリカがよその國にその偉容を誇って名誉ある戦没者の慰霊塔を建てているのを観た時、わが四十七万七千の戦没将兵の方々のみたまが哀れでならなかった。フィリピンに日本将兵のための墓らしい墓は1つもないのである。我ら一行はただ激戦の地を尋ね山野に向かって慰霊の言葉を述べ追悼してまわるのである。
一行はかって憎みに憎んだ敵である米軍慰霊塔の前に整列して、今は一切の憎しみがアワの様に消え去って哀れさを覚えつつ敬けんなる祈りを捧げたのであった。
戦争とは何と罪深き所業であろうか。「自分の國の戦没者の慰霊のために戦跡巡拝を致すに当たって現地の國の慰霊塔に先ず拝礼をするのは当然の礼儀であります」との副班長のお言葉は人間として何と快い道義的な満足を私たちに与えたことであろう。
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